坂東曲(ばんどうぶし)の練習
平野区の慧光寺へ大阪教区准堂衆会会員17名で伺い、午後7時から坂東曲の練習をしました。
坂東曲は、石山(大坂)本願寺から続くお勤めで、上体を激しく振りながら力強く声高らかに念仏・和讃を勤めるものです。
11月28日の東本願寺報恩講結願や宗祖の御遠忌結願でのみ、報恩講私記の毎段の後に勤める式間念仏(しきあいねんぶつ)に代えて坂東曲念仏和讃が勤められるのです。内陣の調声を受けて、外陣の堂衆と准堂衆の約60名が揃って上体を大きく振りながら力強く声高らかに念仏・和讃を勤めます。大谷派では他に類を見ないダイナミックなお勤めです。


関東(坂東)から親鸞聖人の門弟が上洛して、報恩講において宗祖の御真影を前にして勤めた、なまった(=京都とは違った節の)念仏に由来するのでしょう。
感極まって身体を振りながら勤められたという歴史を、法要に取り入れて様式化して表現している、と考えるべきでしょう。
始まりは不明ですが、東西分派前、石山(大阪)本願寺で勤められていたようです。
西本願寺は第14代寂如上人が元禄2年(1689年)に坂東曲を廃したので、以後は東本願寺でのみ勤められてきました。
羽塚竪子著の『声明考』(昭和4年発行)には、坂東曲の頭の振りが、大正12年(1923年)の立教開宗700年紀年法要以後廃されたことが記されています。
その理由は不明との事ですが、現在は頭の振りが復活しています。
私は3回、本山で坂東曲を勤めさせていただきました。大きく高い声を出し、激しく上体を振るので、勤めているうちに汗だくになります。メガネに汗の滴がついて声明本を読めなくなるので、メガネを外して坂東曲をしたのが懐かしい思い出です。
今年も大阪からは、私より若い准堂衆(補)が本山に出仕して、11月28日には坂東曲が披露されます。
本山に行かなくなっても、年に一度の練習に参加し続けて、お勤めを忘れないようにしています。